普通に働いているのに、普通の生活ができない

普通の生活のイラスト、淡い感じ

2000年頃、就職氷河期の真っただ中、何とか就職。朝5時に家を出て帰宅は24時を回る。今では考えられないような働き方。ちょっと眠いからと駐車場で仮眠をするも、目覚めるともう出勤。湾岸道路で事故を起こし、それをきっかけに退職した。 

その後いくつかの職を経験するが、そのうち2社が倒産した。会社の為にと自分に付加価値を追求し、一生懸命に仕事をしたつもりでいたが、倒産してしまえば、他の会社では通用するような価値ではなかった。 

放物線で言えば頂点を過ぎ、これから景気が加速度的に下降していく時に就職活動をしていた。それから失われた20年とも30年とも言われる時代をかいくぐってきた。 

2000年前までの時代では、正直にまじめに働くことが報われる社会であったように思う。給料は年数に応じてアップしていき、退職金もしっかり出ていたのではないだろうか。 

しかし、現代ではどうだろう?確かに給料はアップしている。だが、それ以上に税金の負担の方が大きい。ボーナスからも税金を徴収されている。デフレが終わったらしく、様々な商品が値上がりしだした。おまけに働き方改革で国からあまり働かないようにいわれる。😆 

何かがおかしい、どこかがおかしい。 

しっかり働いているのに、生活が楽にならない。将来に不安を感じる。普通に働いていては、普通の生活が出来ない。放物線で言えば底をうち、上昇局面に入ったのではないのか。 

勤勉でまじめに働くことよりも、時代の先取りが有利に稼げる。そのような価値観の到来ではないのか。上昇局面に入ったとしても、これまでのように全員が共有できるわけではない。時代の先取りをした人、言い換えれば、大なり小なりリスクを背負った人だけが上昇局面に入ったと言えるのではないか。 

今後、どのような局面に入るのか。それは人それぞれによる。それを格差社会と名付けていると考えるのは僕だけであろうか。 

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