
3.11の東日本大震災。忘れられない日となった。関東に住む僕も経験したことのない大きな揺れを感じ、鉄筋で出来た建物の崩壊を覚悟したほどだ。外に出てみると道路は大きく歪み、水道管が破裂しているようで水柱も見えた。その後、道路はどこまでも車が数珠つなぎとなった。
流れてくるニュースは原発の水素爆発。そして、津波。それも観測できる高さを超えるほどの。それに追い打ちを掛けるように天井知らずの犠牲者の数々。
すずめの戸締りはこうした内容を彷彿とさせる物語だった。
17歳の女の子すずめが、閉じ師と呼ばれる青年と災害の元となる扉を閉めるため、各地を飛び回るというストーリーだ
ここで単なる恋愛物語だったら、つまらないなあと感じたことだろう。しかし、そういったことはなく、各地の災害の元となる扉を閉めるため、無鉄砲にフェリーに乗り、ヒッチハイクで移動をし、現地で仲良くなった人と友情を深めていく。当たり前だが普通な日常はそこにはない。
僕の場合、17歳の頃もそうだし、今もそうだが、普通に仕事をし、土日も特に冒険じみたこともせず、THE普通な暮らしをしている。だから、そういった意味ではどこか羨ましいなあと感じた。
最終舞台は東京だった。もし、扉を閉めることが出来なければ、大震災によって何百万人も犠牲になる。普通に仕事をしている人。普通に学校に行っている人。普通に遊んでいる人。普通が普通でなくなり、当たり前が当たり前でなくなる。
最後のすずめの一言が印象的だった。それは「おかえり」。
もちろん、閉じ師と呼ばれる青年を迎えたのだから、自然な流れの「おかえり」だ。
だが、もし災害が起こっていれば「おかえり」と言えただろうか。声を掛けてくれる人がいて、掛ける相手がいる。
無事に再開することの喜び。それは普通の日常の中にあって、当たり前のように毎日繰り返されている。それをかみしめながら、「いってらっしゃい」「おかえり」をこれからも繰り返していきたい。
