通勤途中にセリアがある。買いたいものがなくても、つい吸い寄せられてしまう。
「ここなら、いくつか買っても大した金額にはならないだろう」――そんな思い込みが、足を向けさせるのかもしれない。
とはいえ、今の100円ショップはもう“すべて100円”ではない。
原材料や人件費の高騰、そして円安。さまざまな要因が重なり、低価格ショップへと姿を変えた。それでもなお、あの価格帯を維持しようとする企業努力には頭が下がる。
店内を歩いていると、商品棚の前で楽しそうに話す女の子が二人いた。
小学校低学年くらいだろうか。二人だけの世界がそこにあり、聞いているこちらまで頬がゆるむほど楽しげだった。内容はよく分からない。けれど、彼女たちの間では完璧に意思疎通が成立していて、今この瞬間を全力で味わっているのが伝わってきた。
ふと、かつての日本を思い出す。
高度経済成長期、誰もが明るい明日を信じていた時代。
しかし円高の波にのまれ、失われた30年へと沈んでいった。デフレ、少子化、増税――長い停滞の影。
ところが今、流れが変わりつつある。
円安は偶然ではなく、地政学的な背景を抱えた大きな潮目だ。インフレの時代に入り、預貯金だけを握りしめていることは、言い換えれば“円に集中投資している”状態でもある。円の価値はこれからも揺れ続けるかもしれない。日本の構造そのものが変わろうとしている。株や投資信託にも目を向けていくことが大切ではないだろうか。
季節の変わり目に天候が荒れるように、時代の切り替わりもまた荒れる。
中年――いや、初老に差しかかった僕は、この変化の恩恵を十分に受けられないかもしれない。それでも、あの女の子たちが大人になるころには、笑って過ごせる時代になっていてほしい。
そう願わずにはいられない。

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