
投資はギャンブルだ!と騒いでいる同僚がいた。なぜそのような会話をしていたのか知らないが、「投資はギャンブルではないよ」と説明したところで、聞く耳は持たないだろう。
なぜなら、その人は、日ごろから、人の意見には否定から入る癖がある。それはそれで自分の意見をしっかり持っている表れであってよいのかもしれないが、その人と会話をすると嫌な気持ちになることが多いので、しだいに会話は少なくなる。
まだ40代前半なのに、いたるところに固定観念に囚われていて、柔軟性がない。それでいて、自分の話したいことをとことん話している。正直、疲れる相手だ。😅
投資はギャンブルではない。僕は数年にわたり投資をしている。では、何に投資しているのかと問われれば、近未来においてこんな世の中になっているかもしれない。こんなサービスが出来ているかもしれない。その価値を提供してくれるだろうという会社に投資をしている。
更には、お金の価値は今後も下落していくだろうと予測している。金本位性から管理通過制度になって、明らかにお金の価値は下落している。国債を発行していることも原因だろうと思っている。だぶついたお金が株やゴールドやビットコインに流れているのではないか。ビットコインはアメリカで今後、準備通貨として法案が可決することになれば、その価値を超大国が保証することになるので、価格が上がっているのかもしれない。
円だけ持つということは、円だけに100%投資をしているとも考えられる。であるならば、価値を生み出す会社に投資をすることも自然な流れではないのか。
投資はギャンブルだ!たしかに、ギャンブル的な性質を持つ部分もある。それはどのような姿勢で臨むかによる。なんでもそうだが、一言で片づけてしまえば、そこで思考停止だ。
中高年になってくると、自分の過去の経験や価値観に囚われて、環境の変化に恐れを抱くのかもしれない。それは仕方がないことなのだろう。
だからこそ、謙虚な姿勢で人の意見には紳士に耳を傾け、自分という枠に縛られないように心掛けたい。
